このシリーズでは、これまで「撮る前に見ていること」について書いてきました。
山で空気を読むこと。
海で待つこと。
そして、仕事の現場で正解を決めつけないこと。
振り返ってみると、どれも写真の技術そのものではありません。
けれど、私が写真や映像をつくるうえで大切にしていることの多くは、カメラを構えていない時間の中で身についたものだったように思います。
今回は最終話として、山や海、そして人やものづくりの現場で見てきたものが、いまの仕事にどうつながっているのかを書いてみます。
事前に構成を考え、必要な準備をしていても、現場では想定と違うことが起こります。
そのとき、最初に決めたことだけにこだわるのではなく、目の前の状況を見て判断する。
山で覚えた「空気を読むこと」は、いまも撮影の土台になっています。
山では、自分の思いどおりにならないことがたくさんあります。
天候は変わり、光も変わり、昨日まで歩けた道が、その日は歩けないこともあります。
仕事として山に入るようになった頃、私は登山についてほとんど何も知りませんでした。
経験のある人に話を聞き、地図や天気図を読み、必要な装備を揃え、実際に歩きながら少しずつ覚えていきました。
そこで身についたのは、予定どおりに進むことよりも、いま起きていることをよく見る姿勢でした。
雲の動き。
風の向き。
光の変化。
足元の状態。
小さな変化を見落とさないことが、次の判断につながります。
撮影でも同じです。
けれど、すぐに答えを求めるほど、かえって見えなくなることがあります。
ほんの少し仕掛けを変える。
巻く速さを変える。
落とす深さを変える。
あるいは、何も変えずにもう少し待ってみる。
その小さな違いが、結果を変えることがあります。
写真も同じです。
人物の表情が戻るまで待つ。
光が落ち着くのを待つ。
現場の人たちがカメラを意識しなくなるまで待つ。
シャッターを切ることよりも、切らずに見ている時間のほうが長いこともあります。
海で覚えたのは、待つことは何もしないことではない、ということでした。
待ちながら、変化を見ている。
その時間があるからこそ、撮れるものがあります。
釣りをしていると、何も起こらない時間が長く続くことがあります。
同じ海を見ていても、潮は動き、風は変わり、光の反射や水面の様子も少しずつ変わっています。
魚からの反応がないと、場所を変えたくなったり、仕掛けを大きく変えたくなったりします。
人を撮るとき、最初から自然な表情を見せてくれる人ばかりではありません。
カメラを向けられれば、緊張するのが普通です。
「笑ってください」と声をかければ笑顔にはなりますが、それがその人らしい表情とは限りません。
私は撮影を始める前に、できるだけ話を聞くようにしています。
どんな仕事をしているのか。
何を大切にしているのか。
普段、どんな人たちと働いているのか。
話しているうちに、少しずつ声の調子が変わり、表情が柔らかくなっていきます。
仕事のことを話すと急に目が輝く人もいます。
仲間の話になると笑う人もいます。
言葉は少なくても、手の動きに自信が表れる人もいます。
そうした変化は、大きな出来事として現れるわけではありません。
ほんの一瞬、肩の力が抜ける。
目元が柔らかくなる。
いつもの表情に戻る。
私が撮りたいのは、つくられた笑顔よりも、その人がその人に戻る瞬間なのだと思います。
工場や厨房、店舗などの現場には、それぞれ独特の時間と空気があります。
機械の音。
働く人の動き。
道具の置かれ方。
長く使われてきた作業台の傷。
一見すると何気ないものの中に、その会社が積み重ねてきた時間が表れています。
会社案内や採用の撮影では、建物や設備をきれいに写すだけでは、その会社らしさまでは伝わりません。
何をつくっている会社なのか。
どのような人が働いているのか。
どんな考え方で仕事に向き合っているのか。
それを理解しないまま撮影すると、どこかで見たような写真になってしまいます。
だから私は、撮影前の話を大切にしています。
何を撮るかだけではなく、なぜ撮るのか。
誰に、何を伝えたいのか。
撮影前に8割が決まる、と考えているのはそのためです。
答えは、こちらが持って現場へ行くものではありません。
話を聞き、現場を歩き、人の動きを見ながら、その会社らしさを探していきます。
そして、ときには最初の予定とは違うものにカメラを向けることもあります。
それは計画が失敗したのではなく、現場で本当に大切なものが見つかったということなのだと思います。
反対に、毎日見ているために、当たり前になって見えにくくなっているものもあります。
外から来た私だから気づけることもある。
けれど、それを一方的に「この会社の魅力はこれです」と決めるのではなく、担当者の方と一緒に確かめていきたいと思っています。
なぜ、この工程を大切にしているのか。
なぜ、この商品をつくり始めたのか。
なぜ、ここだけは変えずに続けているのか。
話を聞くうちに、最初は何気なく見えていたものの意味が変わることがあります。
反対に、会社が強みだと思っていたことより、外から見たときに伝わりやすい魅力が別のところに見つかることもあります。
どちらか一方の見方を正解にするのではなく、内側からの視点と外側からの視点を重ねていく。
撮影の間だけでも、その会社の一員になったつもりで、何を伝えるべきかを考える。
私が大切にしているのは、撮る側の答えを押しつけることではなく、担当者の方と同じ側に立って、伝わる形を探すことです。
私は、撮影する側と依頼する側を、できるだけ分けて考えたくありません。
もちろん、私はその会社のことを、そこで働く人たちほど深く知っているわけではありません。
長く働いているからこそ分かることがあります。
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